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お盆セレモニー

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ここ数年、わざわざこの時期に東北の街に向かうのは、亡き父を迎えるお盆行事のため...なのだが、我が家が檀家となっているお寺の本気度によるところも大きい。
父が眠る寺は、今年で412年目のお盆を迎えた。1595年建立、豊臣秀吉の時代から延々16人の住職によって守られ繋がれてきたのだという。
すべての住職は記録に残されている、つまりそこまで遡れるリアリティある重みがそうさせるのか、お盆法要のあり方はもちろん、住職をはじめとしたお坊様の衣装の色合いや織り模様、ご本尊や本堂の意匠にはじまり掛け軸やら観音様やらの調度品、果ては畳縁の模様までいちいち興味深いものだらけなのだ。

写真の木魚もそのひとつ。
毎年、座る場所をしくじって、近くでじっくり見る機会を逸していたが、今年はばっちりその真横に席を確保、どさくさにまぎれて盗み撮り(!)をした。
これは大人ひとりでは持ち上げられないほど大きな木魚だが、一本の樹から繰り抜いたもの。正面には、龍がお二人彫られている。そして渦巻き!...素人の私が見ても見事だ。寺は質素を旨とする禅宗だし、そもそも仏教自体はむやみな殺生はしない。なので、これも、雷で倒れた大木から創られたもの..とかいう逸話があったりするんじゃないかなぁ...。
一度、寺にあるあれやこれやについて、お話を伺いたいと思うがなかなか難しく、こうしてかってに想像するだけですが...。

ちなみに、法要前後の住職さんによる「盂蘭盆会」に関する解説や時勢を取り入れた説教などは、ちょっとした講演を聴いたかのような充実感。
まい夏、この寺でお盆を迎え、住職さんの話を聴きながら理屈であれこれ説明できない「信仰するチカラ」のようなものを思う私だ。

それは、ある固有の宗教を信じるということを越え、自分にも他者にも、しずしずと生きるエネルギーを与え続けるようなもの。
そして、「人間の数だけ信仰のカタチがあるのだ」というのも、これらの体験を通じての気づきだ。自分の生き方を見守り律する、非常に個性的でユニークなチカラ...と言ったら良いのか?うまく説明できないのだけれど。

この寺が守る墓で、それなりの戒名を持って眠る。
こころのこもった葬式で送ってもらう。
亡くなる何年も前から、健康でピンピンしていた頃から、父はこのことにこだわっていた。残された家族にとって、それは最初、厄介だけどやり遂げなければならない「遺言」だった。
そして、今、家族全員で、「父が残した遺産だったね」と思っている。
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by tao1007 | 2007-08-14 22:49 | うずまきとハート
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