ココロはいつも休暇中



イーハートーブの街

そのひとの全作品を読んだことはなくとも、彼を知らないひとは少ないだろう。そして、そのひとの才能に憧れを感じないひとというのも少ないのではないか?
....というのは大げさだろうか?
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宮沢賢治の住んでいた街に行く。
この街にゆくなら、絶対と思っていたのは、「注文の多い料理店」という童話をこの世に出した出版社だった場所を訪ねること。その出版社は「光原社」といって、現在は、美味しいコーヒーを飲める喫茶店や小さな宮沢賢治の資料館を配した気持ちの良い空間としてある。北東北の民芸品を今に繋ぐ拠点的なお店としても有名だ。
そこの壁には、賢治直筆の詩が描かれ...。あったあった、雨ニモマケズ、風ニモマケズのあの有名な詩。
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その壁伝いに庭をずーっと越えてゆくと、北上川の川面が見えるこんな場所もある。雨が降ってきたのでちょっとどんよりしてきたけど、でも、晴れたら、気持ちの良さそうな場所。
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この光源社は、もともと、盛岡高等農林を卒業したふたりの若者が、役人や月給とりにはなるまいとの高い理想を掲げ、農学校関係の教科書の出版を始めたのが最初だったとか。その教科書の販売が目的で花巻農学校教師の宮沢賢治と出会ったふたりが、賢治の書き溜めた膨大な童話の原稿とともに出版の意向を告げられる....。
作者は無名、販路もなく、値段も高価な一冊の本の出版。
宮沢賢治の処女作が、伊達や酔狂としか思えない、ロマンだけで世に出されたことをここで知った。時は、1924年。しかし、83年後の盛岡の街が静かで美しいまま残されているのと、宮沢賢治の出版事件(!)とは無関係とは言い切れないと思う。
古い石の建物を大切に、現役の銀行として使用していたり、南部鉄瓶をはじめとした鉄を経済としてではなく文化として繋いできたり....この街の不思議なセンスは、今の日本の主流とちょっとずれていて、だからこそ心地よく感じられるもの...。

風の又三郎は、その地の気象状況をストーリーの根幹に据えて創られたファンタジーということも、光源社の小さな資料館で知った。
岩手という場所での生活の森羅万象をじっと見つめることから生まれたリアリティみたいなもの。それを万人が楽しめる物語にしてしまうしなやかなチカラ。それは、この街の良さをゆがめることなく素直に受けとめつづけることで育まれたものなのではないか。
宮沢賢治の誰にも真似できないモダンで洒落た感じは、何故?と、その著作を読むたびに思っていたけど、この街に着てしまったら、謎でもなんでもなくなってしまった。

ふと足元を見ると、マンホールのふたまでも美しい鉄、...たぶん100年あとも変わらずこんな感じなのではないかしら。そう思わせるチカラを持つ街。
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そうだ、鉄の型で焼いた南部せんべいを買ってかなくちゃ!
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by tao1007 | 2007-04-15 22:52 |
<< この街には、いまだ啄木も賢治も... 桃源郷はこうさりげなくある。 >>


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