ヴィレッジ・ヴァンガードという、本屋なのにキッチュな雑貨やCDも置くお店が好きで、よく足を向ける。今日も、雑誌や本を物色、約30分近い滞在時間中、店内でずーっとこのCDがかかっていた。ここ数年のヒット曲のカバーアルバムらしく、「島唄」はすぐ分かった。その他の曲に関してはパッと曲名がいえない音楽オンチの私でも、どこかで聞いたことのあるなじみある曲だ。アーテストのSOTTE BOSSEというのは、ことに「?」な感じ、有名なんでしょうか?とも思うがボーカルはすごく上手だ。物色した数々の本類を棚に戻し、けっきょくこのCDを買ってしまっていた。
そういえば、今週は音楽づいている。
そんな流れの日々もあるのだ。
ジョアン・ジルベルトというボサノバのおじいさんがいる。10年以上前、なんと!この私が音楽誌の編集者をやっていて、しかも「ボサノバ」というよくわからない音楽の小特集のページを作っていた。そのとき、ライターやら同僚の編集者やらが、これ「すごくいい」よとみな口を揃えて褒めていたひと。
当時、音楽関係者の多くは、この「すごくいい」という言葉をよく使っていて、私は「何がどうすごくいいのか具体的に言ってほしい」といつも思っていた。
その最初の「すごくいいボサノバのひと」らしいが、よく分からないひととして強く記憶に残っていたひとがこのひとだ。だから、名前と、そのとき誌面で紹介したアルバムのジャケット(オレンジの四角に濃い色合いの小さな四角形を組み合わせたの抽象的な絵)だけはずーっと覚えていた。
このおじさん、ずっと来日を拒んでいたと聞いていたが、70歳を直前にした3年前に突然日本でコンサートを開き、以後何故か毎年来日しているのだとか。
ご招待券があまっているから行かないか?と誘われた。仕事の都合があっていけなかったが、後日そのひとに感想を聞いたら、すこぶる名文の感想がメールで送られてきて、その最後に「こういう人は、3本あるズボンのどれをはいていいか迷って遅刻しても許される人だと思う」とあって笑ってしまった。
少し褐色の肌をした、たくましくもやせた老人が、デザインや色もさして変わらない3本のズボンをはいては脱ぎ、はいては脱ぎしている。「ああ、困った」と困惑顔で、その辺の椅子にどさっと腰掛けてみる。すわり心地の良さそうな椅子だ。そうだ!コーヒーでも淹れようか…。もうステージではリハーサルがとっくに始まっている、昼下がりだ。
一方コンサートのスタッフだちは「また、どのズボンをはいて出かけるか迷ってでもいるのだろう」と誰もイライラしていない和やかな午後。彼の演奏が聴ければそれでいいのだ。なんかボサノバっぽい感じがしない?
このおじいさんの奏でる音楽が「すごくいい」ことが納得できた気がした。
これも随分前、ニューオーリンズのR&Bアーティストがこぞって来日、その野外ライブに出かけた私(ボカンボスの影響だ!)は、演奏を聴いているうち、ステージの両脇にある重そうな鉄の扉の向こうがニューオーリンズの湿度の高そうな通りに繋がっているような気になったのを覚えている。
そのギタリストはギターを持って家路に着く、その通りを通って。重いはずのギターのケースを軽やかに持ち運びながら。家からは豆を煮る良い匂いがしている。扉を開け「今帰ったよ」とギターケースを置いて上着を脱ぎながら豆を煮るひとの背中に報告するのだ。
「今日は、東洋の端っこの人々に演奏してあげてね。みんな喜んでいたよ」と。
私のココロに物語を立ち上がらせる。
そんな音楽は「すごくいい」のだと今は思っている。
本を読むほど熱中はできないが、こんな風に音楽を好んでいる。
週末には、そのジョアンさんのCDを買いに行こう。