「f植物園の巣穴」梨木果歩 朝日新聞出版
「西の魔女が死んだ」や「からくりからくさ」あたりで、もちろんうすうす感じてはいたし「家守綺譚」では決定的。
梨木果歩さんは、ともかく植物が何より好きで、ただ好きということ以上にその植物に宿る静かなるチカラを信じているに違いない。
新作「f植物園の巣穴」に至っては、ことさらに草花樹々の存在感に溢れ、それらのチカラを介して異世界と繋がっていくような変わった佇まいの物語だ。
主人公は、植物園に勤める技官の男。
ということもあってか、話は、始終一貫して植物の記述とともにあり、そして白昼夢さながらの不思議な展開。
例えば、物語の初めからこうだ。
男は、1年ほっておいた歯痛が再燃。歯痛で眠れない夜半にも、じっと目を閉じれば彼のまぶたの裏に繰り広がるのは、やはり職業柄なのか植物の繁る光景。
「手前に秋海棠(しゅうかいどう)の群れ咲く露地、その先は、葉瀾の茂みがうっそうと並んでいる夜の小径だ。それが僅かに下り坂になっておりそのまた向こうはまるで射干玉(ぬばたま)の夜の闇の底」といった感じ。
私としては、まずはその植物の記述が好ましく、その路地と小径の草々、木の実を脳裏に浮かべながら丁寧に読み進みたい。
が、そんな読者を知ってか知らずか、物語のほうは、いつのまにか夢かうつつか境目のない世界をさ迷っていて、ハッと驚かされる。
そして、「えっと...いつからこんな風に?」と、物語を引き返す。
「これは、夢の話か?」
「いやそうかもしれないが、そう一言では片付けられないかも」と、冒頭からいったりきたり、私を翻弄するのはこれも草草のチカラのせいなのか?
そんな風にウロウロしている読者のことなどものともせず、物語はとまることなく不思議さを増してゆき、大胆な展開を繰り返す。クライマックスなどは何か冒険談のごとくで、未熟な読者はついてゆくのが精一杯となり、しかし、突然パチンと催眠術から起こされたようなエンディング。
その物語の終焉に、ややホッとしながら心地よい疲労感を感じていたりする。
そして「あれれ?これはそれで、どんなお話だったんだっけ」と。
読了直後にもう一度最初にもどって、今度こそ丁寧に読んでみたい不思議な衝動。
このお話といったら、何か狐につままれたような読後感で、たぶん一読だけではその面白さの半分も分かっていない。
仕方ないので、物語の前半あたりに漠と思いを馳せてみて気に入りを探すお茶にごし(笑)。
屋敷跡に犬雁足(いぬがんそく)が群生する空き地。それが様子を変えて何度も何度も登場。
なんだが、その名前のおかしな組み合わせ...犬と雁の足ですよ...が、なんとなく好ましなぁ...と。
たぶんこの物語は、もう一度・二度読むだろう予感もあって、その何度目かのある日、ハッと気づけば、犬雁足繁る空き地の真ん中にぽつんと座って物語から目覚めたりする。...なんてこともあるだろうか、などと、すっかり物語の雰囲気にそそのかされている私。
シダ科の植物「犬雁足」を図鑑で調べてみれば、そのぜんまいのような立派な渦巻きが、さらに私を魅了した。
そうそう、f植物園の巣穴を巡るのであれば、植物図鑑を道行にすることをおすすめしたく。