ココロはいつも休暇中



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お富士さんの万灯めぐり

6月30日~7月2日は、駒込のお富士さんの開山式です。
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6月30日の午前中ともなれば、いつもひっそりした境内には、所狭しと祭り屋台がならび...。
あっ!花万灯もまだおりますね!
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毎年みたいと思いつつも逃してしまう、お富士さんの花万灯巡り。
今年は、どうやら間に合いそうです。

万灯を掲げて巡るのは、駒込お富士さんの富士講の方々。
今年は、その後をついていってみようかとにわかに思い...。
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桜の意匠を肩に配した粋な方々の背中を追います。
巡るは、ほぼわが町内。
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...なんですが、華やかな万灯と粋な浴衣の小集団。
なんだか、不思議な非日常感をかもしております。

しかし、私、今日に限って、ちょっと駅前にて人と会う約束がありまして、この先どう回るのかが気になりますが、ちょっと中抜け。
万灯巡りは、約1時間半と聞きましたので、10時出発⇒11時半には富士神社に到着の予定。
ならば、そのあたりを狙って戻ってきてやりましょう。

ということで約30分後に、駒込駅から富士神社を目指す...と、見つけました!
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万灯めぐりが、本郷通りをJR駒込駅方面へ向かってくるところで再度合流かないました。

そして、富士神社。
お富士さんの急で高い石段を登り...。
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登り...。
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このあと、山頂の社殿をぐるり一周。
花万灯を神社に奉納して山開き...ということなんだそうです。

花万灯は、開山祭の3日間のみ富士塚の山頂に飾られるのは例年のこと。
やっと、その万灯の大活躍を眺めることができました。

今年後半は、なんだかちょっといいことありそう...などと、ちょっとした高揚感。
富士講の方々は、まだまだ矍鑠とされた粋な方ばかりではありますが、皆様ご高齢でもあって、この先の万灯巡りの存続はどうなのか...などと、やや余計な懸念。

しかし、これは、なんとか長く残ってほしい行事だと、その高揚感ゆえに、強く深く思うのであります。
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by tao1007 | 2012-06-30 11:13 | 多神教の国の文化

節電の夏

なんだかじわじわと暑い日々になってきましたが、我が家は、まだエアコン知らず。

というのも、昼間は南&西の窓を全開+カーテンは引いたまま。
つまり、風はいただき日光はシャットアウトすると、余分な熱が部屋にこもらず夜を迎えることができます。
外出時も、雨や防犯的に大丈夫な窓は開けて出る。

さらに、夜は、天井の蛍光灯を消して暗い中でいると、熟睡度が高いことに気づきここ数ヶ月はつけていません。大きな天井灯をつけないと、夏の部屋でも涼しいということにも気づき、そのまま、手元のランプほか間接照明だけで過ごすことに。
一例をお見せすればこんな風(笑)。
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そして、夜はさっさと眠り、シゴトも家事も、日の出とともに起きてやる。
4時半ごろから午前中は、やはりけっこう涼しいです。

しかも、我が家の手元ランプや間接照明は、LEDランプなもんで、こうしたライフスタイルにしてみたところ、先月の電気料金が2500円ちょっと!
おおっ!
ちなみに、我が家は30Aなんで、もしやもっとアンペア数も下げられるか...と検討しているところでもあります。
そうすれば、もっとコストを下げられるかも。
ちなみに、ご飯は土鍋、お湯は少量ずつ沸かすので、炊飯器も電気ポットもありません。
電子レンジは所有するも、食べ物をたいがいまずくするのでほぼ稼動せず。
いけるかも!?

梅雨が明ければ、たぶん酷暑の日々。
となれば、やはりエアコン稼動は避けられないのでしょうが、なるべくぎりぎりまでこんな風にして過ごしたい。

エアコンって、電気代のことのみならず、なんだかカラダがだるーくなってしまうし、原発がないと困るとか、電気代を値上げだとかぬかすのならば、なるべくそんな電気は使わない方向に行ってみたい。

ささやかすぎますが、密かな抵抗でもあります。
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by tao1007 | 2012-06-29 10:38 | つらつらと

夏越の祓い

神田明神の夏越の祓いは、かなり立派なしつらえ。
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しかし、立派すぎるのか、作法にのっとり、左に一周、右に一周、さらに左に行って...とかやるヒトはごくごく稀でみんなすたすた潜り抜けてゆく。

おいおい、これは鳥居の代わりとかいうんじゃあないんですが、素通りですか?

もちろん私は律儀に8の字にくぐる。
といっても、「形代」を納めたりはしないので、まあ、中途半端は一緒でしょうか?
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この時期、東京では、ずいぶんたくさんの神社で夏越の祓えが執り行われます。
私が知っているだけでも、ここ神田明神と湯島天神、根津神社、下谷の小野照崎神社の茅の輪はずいぶん素朴だったし、向島の白鬚神社でもやってたと思う。
さらに、都心エリアでは、赤坂の日枝神社の茅の輪が格調高く、新橋の烏森神社もビルの谷間のほそーい参道にてしっかり行う。
...なんかずいぶんせっそうなくお訪ねしているものですね、私(笑)。

今年もあちこちくぐらせていただき、今年上半期の穢れしっかと落とし、もちろんカミサマ方にも感謝感謝!いたしました。
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by tao1007 | 2012-06-28 21:38 | 多神教の国の文化

氷看板

所用があって、神田明神あたりをふらふら。

...と、参道入り口に古くからある甘酒やさんに珍しい看板です。
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氷の文字の下にはtakaraの文字。
さらに、その下を宝船が泳いでいます。

ものは、金属製。
案外頑丈そう。

かき氷のしるしといえば、店の軒先にひらひらとたらす、波に千鳥なんかが描かれた布...ってのはよく見るれど、これって珍しいよねぇ。

そして、もうかき氷の季節なんだなぁ...としばし、見とれる。

みとれるうちに、もしやコレ!
あのかき氷の器械の一部なんじゃあないの?

確認したい気満々ですが、ともかく先を急ぐので写真だけ撮らせていただく。

ぜったい、夏の間にやってきて氷食べついでにこの素性をきかなくちゃね。
...なんて、ココロにしっかりメモを取る。
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by tao1007 | 2012-06-27 21:24 | つらつらと

瞬時に飛んでしまいました(泣)

一昨年の年末、駆け込みエコポイントで買ったDVDレコーダー。
すべての待機電力を消す私でも、冷蔵庫とともにコレだけはつけっぱなしだったのが、何かの拍子に消したみたい。
あっという間に、壊れてしまいました。

修理は翌日の午前中に来てもらえたし。
料金も、保障期間を5年に延ばして合ったので無料だし。

しかし、録ってあった番組のデータは一瞬のうちに飛んでしまっておりました。
最後に一挙に見てやろうと思っていた「梅ちゃん先生」も、深夜なんで録画して、(やや違和感感じながら)早朝に見る予定だった「マツコ有吉の怒り新党」(すみません。唯一ぐらい好きな民放の番組なんで)、資料代わりに取っておいた「ブラタモリ」とか...。

「うーん、さすがデジタルって壊れるときも潔いねぇ」なんて言って、修理中のDVDレコーダーの中味を写真に取らせてもらって、明らかにシゴトの邪魔をしてる私です。
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だって、なんだか悔しいんですもの。

あっ!でもコレキレイ!
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DVDレコーダーっていうより、もうパソコンの中身ですよね。

こりゃ壊れやすそう...。

修理の方によれば、DVDレコーダーは基本的にもろいところがあるので、録画したものは定期的にメディアに落としてください。
それと、保障期間を延長するのはいまや常識...なんですって。
つまり、こうやって壊れることが多いのねぇ。

まあ、いいか。
実際、近ごろ忙しく。録画したのを見るのが非常な難事業...なんでした。

ああ、でもブラタモリ...あれってレンタルDVDとか出ないのかね?
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by tao1007 | 2012-06-26 21:50 | 食べること

手影絵って知ってました?

ぼんやり見ていたTVに突然こんなものが!
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うん?海中を漂う蛸と魚??

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今度は...リスかな?キツネかも。

そして...。
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あっ、ゴリラの恋人!

これは、人間の手だけを使って作った影絵なんですって。
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手影絵って言うんだそうです。

なんだかとっても日本人らしい。細やかな技術で美しい物語をつぐむような...そんな素敵なものごと。
たまにはテレビもやるじゃない。
夜の報道ステーションの天気予報の企画でした。
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by tao1007 | 2012-06-25 21:06 | つらつらと

「炎立つ」からの覚書

f0108825_11472558.jpg高橋克彦作「炎立つ」全5巻やっと読了!
読後感をいいますと、なにはともかく「平泉に行ってみたくなる」ということでしょうか。

もうこの夏は絶対行こうってことで、以下は、「炎立つ 5巻 光彩楽土」の平泉関連の抜書きです。

◎武門は、坂上田村麻呂と(八幡太郎)源義家を頂点としている。そして、どちらも武運は、陸奥で開かれた。(p69)

*開かれた...とかいっていますが、どちらも、陸奥に戦を仕掛けた武士。しかし、陸奥に仕掛け勝ったという実績が武門を開いたとすれば、平安時代に陸奥の国とはどれだけの強敵であったかということです。

◎火と水はまさに両端に位置するもの。それが結びつけば新しきものが誕生いたします。我ら物部の奉じるアラハバギ(神)は空と海、石と土、男と女、昼と夜を結ぶ神。(略)」(P87)

*物部氏は、古代に出雲から逃れてきた民とも言われ、そのよりどころがアラハバギの神。平安時代=仏教の信仰篤い時代なので、そのような神を信じることすら、異端でもあった。
このあたりは、この物語に影響を受け、ただいま勉強中。

◎「あれが岩木山ですね」
義経はかなたに大きく裾野を広げる三峰の山を認めて言った。(略)
「右に突き出ている峰を岩鬼(がんき)、真ん中が岩木、そして左の峰は鳥海と呼んでおります。」
吉次が指差して教えた。
「鳥海には、我ら物部の先祖が空より舞い降りたという伝えが残されています」
「空から?」
「もともとは、出雲より追われた我ら。岩木山には質のよい鉄がありまする。おそらく先祖たちが早くに見つけて掘っていたのでありましょう。それを麓の者たちが空から来たと言い伝えたのかもしれません。我らは峰伝いに山へと入り頂上付近にたたらを設けますゆえ、麓の者から見れば確かにそのように...それに、かつてあの山の麓はアソベの森といわれていたとか。紛れもなく肥後の阿蘇山に因みし名。阿蘇の野辺に似ていることから先祖がなずけたものと思われます。津軽の者たちは阿蘇を知らなかったはず」
「いつの話です?」
「途方も無き昔のこと。それから数百年を経たのち、先祖らは苦難の末に失地を回復して大和にも暮らせるようになりました。朝廷と一応の和議を結んでいたのですが、曽我との確執が生まれ、また再び津軽に撤退したのです。その頃には津軽を同族である長髄彦(ながすねひこ)の末裔である阿倍の一族が纏めておりました。以来、物部と安倍は手を携えて陸奥をひとつに」(P138)

*この安倍、物部の一族の話。これら、陸奥(東北)に藤原三代による平泉を開いた、そもそものルーツにもなります。

◎「そもそも出雲を追われたこととて今の朝廷の先祖との戦の果て。ことに物部は二度も逆ろうたことで安倍ら蝦夷よりも激しく憎まれております。(略)アラハバギを信ずる我らが平泉の藤原と同族としれば内裏も穏やかではありますまい」(p138)

*その昔、朝廷で影響力を持っていた蘇我氏。仏教を庇護する蘇我一族と神を信仰した物部の対立...というのがあったということですね。
では、なぜ安倍に連なる藤原が作った平泉は仏の信仰が篤い場所だったのか。

◎「(略)中尊寺や毛越寺、また無量光院ほどの寺となると、なまなかなことでは建立でき申さぬ。屋根の形から柱の太さまで定められ、ましてや柱に螺鈿を施し、多宝塔の梁を組み合わせ、軒を受ける無数の斗(ます)ばかりか、蟇股(かえるまた)を彫り、瓦を焼き、木鼻までつくらねばならぬとなれば至難のこと。しかも仏像はさらに細かな技が求められる。金の仏具や飾りも拵(こしら)えねばならない。曽祖父は中尊寺と毛越寺を建立するのに二十年以上かけたそうな。さもあろう。寺と仏像の建立ほど面倒な仕事は無かろう」

(略)「だが、曽祖父の頃までに陸奥にそれほどの腕をもつ匠はいなかった。せいぜい多賀城に一握り。そこで曽祖父は都から百を超す匠や仏師を呼び寄せて建立に着手した。そして寺ができるまで平泉に抱えた」
「わずかな歳月ではない、二十年だ。その間に彼らは平泉で妻を娶り、多くの弟子を育てた。その技は子や孫に受け継がれ、平泉にはいまや千を数える匠と仏師がいる」(略)
「平泉が軍の備えに力を注げば必ず内裏が警戒しよう。と申して兵力を高めねば内裏の言いなりになるしかない。その策なれば内裏の目をごまかしながら力を蓄えることができる。木や道具を運ぶと偽って馬を増やせるであろうし、鉄を溶かすたたらとて町の近くに...舞草刀を作るにも都合が良うござる」

「つまり見せかけですか!」

「しかも...作った寺には僧侶が居る。中尊寺や毛越寺ほどの大寺であればそれぞれ7、800の僧侶が居てもおかしくはない。曽祖父は都の寺に懇願いたした。平泉には宋から買い求めた経典がある。それに魅かれて多くが平泉へと移りきたった。これとて内裏は特に不振と思わぬ。僧侶のおらぬ寺などあるまいに。当たり前とうなずいていたはずだが、もし曽祖父の狙いを知っていたなら...」

「それにもわけがあったと?」

「僧侶は頭に知恵を詰め込んでいる。文字が読め、宋の言葉を話すものもいる。経典ばかりか史書にも通暁し、兵法はおろか星の運行や政に詳しき者もある。二人や三人では偏りもあろうが、2000人ともなればどうかな?もはやこの世で知れることは無かろう。曽祖父は、祈りより僧侶のたくわえし知恵こそがほしかったのだ。それに僧侶たちはあらゆる国の生まれ。訊ねれば生国の道や守りの数を教えてくれる。それも先々にはだいじなこと」

「技を高め、知恵者を平泉に集めるには寺の建立ほど好都合なものはない。そうやって平泉は百年近くを過ごしてきたのだ」(P139~141)

*ふーっ、抜書きが長く失礼!でも、平泉という町を作ったその背景には、このようなすごい知恵が横たわっていたのですね...。

「我らはいつも共に生きている。出羽で米が足りなくなれば平泉から即座に運ばれる。津軽で嵐が起きれば近隣より手助けに駆けつける。だれも一人では生きられぬ。それを皆が知っているのだ。内裏のやり方とは違う。」(略)
「平泉には政庁が二つある。柳之御所は親父どの(=秀衡)が鎮守府将軍に命じられてから新たに建て替えたもの。鎮守府となれば都の役人たちが贈られてくる。そのためにどうしてもあの御所が必要だったのだ。そこでは年貢や荘の管理など内裏の努めを果たしているが、親父どのの住まいしておる伽羅之御所こそ、平泉のまことの政庁。陸奥のあらゆることが伽羅之御所で決められる。そこには各地を預かる者の名代が毎日詰めている。ぢじじゃでなにか揉め事や変事があれば時を経ずして伝えられる。それに皆が合議して策を立てるのだ。(略)」
「陸奥は一つの体に等しいのです」
「たとえば、千厩や東山など山間にて米がたくさんは取れませぬ。それで清衡さま(=曽祖父)は千厩を馬を飼育する村とし、東山には紙を作らせました。馬や紙は平泉に納められ、代わりに米や衣が与えられまする。そうすれば貧しき土地も潤うことになります。すべては平泉あればのこと」
「麻や絹をもっぱら紡いでいる村もあれば、椀や土杯だけを拵えているところも。村で大きな窯を作れば皆が使えまする。漆とて人の数があればあるほど採れる理屈」(P142~143)

*平泉は、こういう仕組みの要となっていた...というのは、あとがきを読めば作家の仮説。しかし、高橋克彦氏は文献を読み、史実を積み上げ物語を編み出す作家。公家の政治から抜けられなかった平氏とそこから完全に脱却し、新しい鎌倉時代を打ち立てた源頼朝。平清盛ができなかったことをなぜ源頼朝が...と作家は、疑問抱き、その見本は、朝廷の影響を受けにくかった陸奥、平泉にこそあったのではないかと...。
とすれば、当時、東北は、都の政ごとよりずっと進んだ仕組みを持っていたということです。

◎奥六郡でこれほどの岩を神としているのは東和の丹内山神社と厨川の三ッ石神社ぐらいである。

*ここでこれほどのといっているのは、十三湊(とさみなと)のアラハバギの神(石神)。...まだそれが残っているなら、行ってみたいです。

◎江ノ島の弁財天
祈願成就のため近江の竹生島の弁財天を、源頼朝が勧請した。弁財天は後世には財力をもたらすと同時に音曲の神として敬われることが多くなるのだが、この時代は悪鬼を滅ぼす荒々しい戦神として崇拝されていた。(略)これは天竺(インド)の神話の中で弁財天が阿修羅うぃ退治したと説かれていることからきている。都の鬼門の守り神として絶大なる信頼を得ていた兜跋毘沙門天に従っていたという伝承もあり、武士にとってはだいじな神の一つであった。(P270~271)

*ちなみに、都の鬼門にあたる方角とは、蝦夷の暮らす陸奥のこと。内裏は蝦夷を悪鬼とし、その侵入を防ぐために羅城門に兜跋毘沙門天をすえたということ。
頼朝が弁財天を勧請したのも同じ意図による。ただし、鎌倉の鬼門は下総。なので、方角に縛られない弁財天を選んだ。

◎山伏となって物部一族と繋がりのある熊野と羽黒の両神社。

*そうなんだぁ。熊野も必ず行きたいと思っている場所。

(この物語は)京都朝廷の側からではなく、「俘囚」と差別された側から歴史を見るという視点(で描かれた)。そもそも俘囚とは、歴史が日本国家創成の「叙事詩」とする倭建命の東国遠征にはじまる「蝦夷征伐」で、大和朝廷が柵の中に囲い込んだ降伏した「まつろわぬもの」たちのことをいう。つまりは中央政権が征服した辺境の民のことである。(略)八世紀以降の歴史は、この抵抗をいくつも記録しているが、なかでも797年(延暦16)年5月、衣川の柵で政府軍を壊滅させてから征討軍と13年にわたって戦い続け、ついに坂上田村麻呂に”平定”されて京都で斬首されたアテルイの名は後世に語り継がれてきた。それから250年後の安倍貞任の叛乱や、939(天慶2)年の平将門の叛乱など、陸奥にくすぶりつづけてきた灰の中から燃え上がったものなのである。(p402・井家上隆幸氏による解説)

*その征服されて押し込められた民が自由を夢見て抵抗する。それがこの物語のそもそもであり。また、東北のルーツでもある。
...っうか、歴史もこんな風に教えてもらいたかったなぁと思う。東北人として誇りを持って育つためにも。

ということで、平泉にいけた暁にはまたこのブログにて。
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by tao1007 | 2012-06-24 11:45 | 読書する

七夕かぁ~♪♪

ただいま、JR上野駅のコンコースには、気の早い七夕飾り。
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ああ、今年は、20年ぶりぐらいに仙台の七夕、見に行こうかなぁ~。

実家は福島にありますが、何を隠そう、私自身は、仙台育ち。
毎年8月6,7,8日の七夕祭り詣では、我が家の欠かせぬ行事でして、毎年、その飾りの前で撮った写真なども後生大事にとってあります。

ここのところ、よく実家に帰るので、昔のアルバムなどを眺めることも頻繁で、目に付くのはこの七夕の記念写真。
子どもの頃の数年分は、なぜか、真っ黒に日焼けした細っこいのが、吹流しの前で、シェーをする(笑)。
...ええ、もちろん私です。

時代を感じるっていうか、ばかですねぇ...。

さて、仙台の七夕には及びませんが我が下町にも七夕祭りはありまして、上野から浅草にかけて走るカッパ橋本通りにて、こちらは、7月6、7日だったか...。

今をときめくスカイツリーをドドーンと正面に見据え、ひらひらキレイな七夕飾りを眺めるって感じがオツです。

で、その吹流しも同じく上野のコンコースに。
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パンダ...と、何?

拡大、拡大。
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中央、みどり色のはカッパですね。
ええーっ可愛いじゃん!

ホントの下町七夕祭りもこんなん見れるんですか?
今年は、ちょっとココもじっくり眺めて歩こうかと思います。
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by tao1007 | 2012-06-23 12:20 | 多神教の国の文化

試供品の使い道

知人からなぜかこんな試供品を貰う。
株主優待で貰ったんだそうですが...いらないの?
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普段は、レトルトとか冷凍食品とかは、ほぼノータッチの私ですが、貰ったものは何かの縁とありがたく使う。パッケージには、そうめんをゆでてかけるだけとかあるけれど、そんな寂しい食べ方でいいのかね?...と、大葉とレタスと鳥のササミに、食感用にプチトマトなんかも用意する。

で、おいしかった時のために、パッケージの裏側もデジカメにて記録。
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実は、こっちのほうが重要だったりもして。

まずは、原材料名をジーッ見る。

トマト、赤ピーマン、砂糖、白ワイン、食塩、オリーブオイル、コダイエキス、白身魚ブイヨンあさりエキス、エビエキス、にんにく、デキストリン、ホタテエキス、イタリアンパセリ...。

ふむふむ。
つまり、ピーマン、にんにくをオリーブオイルで炒めて、湯向きしたトマトをザク切って、酒(ワイン)と魚介の出汁で煮込む...ってことかな。
味付けは、塩、に砂糖...か、原材料表示は多い順なので砂糖のほうがずっと多いってことですか?私の場合は、不要でしょう...などと検討をつけ、トマトが安い時に、チャレンジしてみるってわけです。

これが、もちろん同じモノにはならないけれど、似た感じには出来上がる。
新しいレシピGET!というわけです。

ポン酢を買うのがちょっとばかばかしいなぁ...と、醤油&酢&柑橘の汁少々で適当に作ったらもうそれでよく。
めんつゆも、スーパーにてビンの成分表示を眺め、けっきょく、出汁に醤油ってことじゃんと。
それで味をしめたもんだから、防災保存用に買ったレトルトなども、裏を眺めて⇒真似る。
お惣菜やの成分表示だけ眺めて⇒真似る。

なんだか近ごろ、何か食べる物を作るに際しては、本やネットのレシピじゃなくて、こんなことを参考にばっかりしております。
っていうのも、キッチンとか冷蔵庫のモノが減り、かなりすっきりするもんですから。
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by tao1007 | 2012-06-22 14:41 | 食べること

夏至の日には...

とうとう今年も夏至の日を迎えてしまいました。
今朝の日の出は、4時25分。
毎年、ご来光を拝むのを楽しみにしているのですが、寝坊してならず。

しかたがないので、日の入りを拝むか。
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写真は、19時すぎの我が家の窓から見た風景。
今日の日の入りは、19時なんですが、まったく暮れる気配がない。
...わけないだろ?

天井はうす曇、日の沈み行く西の空は曇りということで、メリハリがつかず。
なんだか、昼間なんだか夕方なんだか分からない雰囲気の写真となりました。
...じっさいは、やや暮れなずんでおります。

ということで、明日からは、毎日少しづつ日が短くなってゆきます。
やがて来る暑さに振り回されて、ふと気がつくと、日暮れが早くなっていて、ああ、もう秋か...なんて思うのもすぐなんだろうなぁ。
...と少しがっかりするのが、毎年の夏至の日の夕暮れ。

こうして季節は、夏になる前から夏の終わりをはらんでいるんですよね。
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by tao1007 | 2012-06-21 14:26 | つらつらと


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