ココロはいつも休暇中



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ゆくとしくるとし

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本日は、いつもの東北の街へ帰省。
ちょっと早いですが、今年はこのブログも店じまいとさせていただきます。

他から与えられた「やるべきこと」が何も無く、自分のやりたいことばかりで過ごした1年。
それは紛れも無く私にとっての黄金の日々でした。
それがゆるゆると去ってゆくのが何とも名残惜しい。

それでも、さらなる充実した年がやってくる期待と予感も充分にあって、良い年の瀬となりました。

誰にたのまれなくても、「やりたい。やらなくちゃ!」と思うことが、私がこれからやるべきことだという気づきがあった2009年。
来年は、その気づきに真摯に向き合って生きてゆこうと思います。
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by tao1007 | 2009-12-28 06:30 | つらつらと

新年の準備

大掃除は無事終了。
窓ガラスや天井、床などの目につく場所はもちろんのこと、目に付かない押入れの奥とか棚の中などもすっきりキレイになりました。
部屋が清潔に風とおしが良くなると、何故かあたりの空気まで清浄になる感じですが、気のせいでしょうか?

次いで、年賀状も快調に書き終えて、あとはお正月飾りを整えるのみ。
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鏡餅を買って、その上に飾る葉付きみかんも入手する。
昨年、谷中の商店街で売られているこれをみつけ、その姿かたちにすっかり惹かれた。鏡餅は、やはり商店街の米やの店先の小さいものをひとつ。

毎年、年末年始は実家に帰省...が習慣なもんで、一昨年までは自宅のお正月飾りのことは気にしなかった。
それでも、「もしや歳神さまは我が家にもいらっしゃってるかも?」と、思い立ったのが昨年末。
もしそうだとしたら、お迎えの飾りつけもないなんで失礼千万。
...ということで、ささやかながらの飾りつけをすることにした。

ともかく、キレイに清めた部屋には、お正月の飾りが似合いますもの、飾らない手もないでしょう。

今年の実家帰省は、ちょっとはやめの明日に決めて、そろそろお正月の花も買いに行こう。
もちろん、そのお花も歳神さまに見ていただくためです。
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by tao1007 | 2009-12-27 22:24 | 多神教の国の文化

やーっと更新

週一回の目標が、月一回になっているのもご愛嬌。
ココは、今年最後の更新です。
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来年は、もっといろいろ映画もDVDも、そしてここの更新も頻繁にと...うーん、思うは自由だけれど、ちょっと目標大きすぎでしょうか?
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by tao1007 | 2009-12-26 14:53 | ドラマとか映画とか

冬桜

相変わらず街をウロウロ、といっても年も押し迫って大掃除やら年賀状作りやらに忙しいんで遠出は出来ず近所を...なんですけどね。

で、頭上には...これ桜??
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冬日の弱い逆光でも、はっきり見えず、いろいろ角度を変えてしつこく眺める。
と...。
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やっぱり、桜ですね。
たぶん、根津神社にあるのと同じ冬桜

染井吉野とか八重桜とか、4月に咲く桜と比べれば、華奢ではかなく。
それでも、寒い冬日に頑張って咲いている様子が、何か非常に愛しく感じますね。
寒い冬にそっと咲いて、そこまできている春のおとずれを伝えてくれるかのようです。

...とはいっても、寒さを楽しんで過ごさないと、あっという間に春、そして夏ですよぉ...と。実は、そんな風なことを伝えてくれてる気もしますが(笑)。季節は、あっと言う間に巡りますものねぇ。
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by tao1007 | 2009-12-25 22:37 | 都会の樹草

聖夜に古事記

聖夜の夜は、乳製品の禁を解き、ケーキ食べ食べ本を読む。
部屋の中は温かく、静かで、思いのほか集中してどんどん読み進んだ物語りは...。
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ふふふ、日本の神話「古事記」です。

もちろんどんどん読み進んだのは、先ごろ出版された「超訳 古事記」。
これは、前半の「神代篇」の世界を、神職の資格を持つ宗教学者の鎌田東ニ氏が、記憶のままの「古事記」を語りおろし、それを編集者が書き留めるというカタチで書かれたもの。
それは、まるで、古事記がまとめられた時代、稗田阿礼と太安万侶の組み合わせが現代によみがえったような面白い試みで興味深いし、そもそも古事記の世界の全容を把握するには最適な書だ。

ちかごろ、ゆえあって、街を回遊しながら、神社とか「縁起物」とかを見学する日々。で、そこに祀られているのはその「古事記」の世界の神々が数多く、せっかくだから、学生時代に読んだアレを再度ゆっくり読んでみようか...と思ったのがその最初。
で、そのまま、古書店も回遊したら、あっと言う間に、岩波文庫の「古事記」も参考書的な「口語訳 古事記」も安価で入手できてしまった。しかも、本日図書館に行けば、先の「超訳 古事記」が新刊であるにも関わらず、貸出されることもなく書棚にある。
これは、「ともかく読みなさい」という神の声、聖夜の奇跡...でしょうね。

日本最古の書は、さながら冒険物語のようで面白い。
古い言い回しの「古事記」もけっこう読めて、あの読む気のなさだらけの学生時代が嘘のようだ。
ともかく、ココ暫くのベースの読書はこの「古事記」にて、我が身がよって立つ、この日本の昔を垣間見よう...と。
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by tao1007 | 2009-12-24 21:57 | 読書する

自然の抽象

大給坂の大銀杏。
12月の初旬には、葉を黄色く彩って、坂下の不忍通りからもその勇姿を眺めることが出来ました。
本日、図書館へ向かう途中、大給坂を登りつつ、「そういえば」...と、その方向を眺めれば、すっかりと葉を落としこんな姿に。
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きちんと選定された枝の動きが、何か抽象的な彫刻作品のよう。
なんかこれはこれでいいですね。

ここは、かつて、坂上に大給豊後守の屋敷があったことから、大給坂と名付けられ、この銀杏は、その大給屋敷内にあったものなのだと、近くに立つ教育委員会のプレートにありました。
そうとうの樹齢を数える銀杏でもあるようで、だからこその、このエネルギー溢れるカタチなのでもありましょうか。

<付録>
そのプレート。ついでに、じっくり読み込んでみたら、なぜか坂上に「大給豊後守」の屋敷があったことからの「」部分が「子爵大給家」に修正されておりました。
なぜかしら?
そのあとに続く一文は、「大給氏は、戦国時代に三河国(愛知県)加茂郡大給を本拠とした豪族で、後に徳川家康に仕え、明和元年(1764)三河西尾に移封された一族である。」となって、前の記述のほうが違和感ないんですけどね。
子爵っていったら明治時代で、ちょっと時代的に飛びすぎでは?
この修正の意味は、ここに住み始めたのは子爵時代になってからということ?
あるいは、屋敷は、明治時代になってから作られたとか?
うーん。別にいいんですが、ちょっと気になるなぁ。
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by tao1007 | 2009-12-23 21:26 | 都会の樹草

冬至の1日

今日は冬至。
元旦とか自分の誕生日とか、1年の節目にふさわしい日はいろいろあるっていうのに、私は毎年この日を節目に生活しているところがある。
で、今朝ほども日の出を拝みつつ「ああ、やっと今年もこの日がきたなぁ」と。
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あたりがなんとなく明るくなってきたのは、6時50分ごろですが、ビルの向こうから太陽が見えたのは7時半。ああ、待ちに待ちましたぁ。
国立天文台のサイトを調べれば、今日の日の出は、6時47分、日没は16時32分。太陽が出ている時間は9時間45分となります。
ここまでくれば、あとは日々少しずつ明るくなってゆくのみ。
この底を打ったという感じが、どうも好きなんでしょうね。

明日からは、まだちょっとの間日の出は遅くなってゆくけれど、日没時間もゆっくりと遅くなって、合計すれば日の出ている時間が長くなる。

さてさて、朝ごはんを食べて、カボチャを煮ましょう。そして、柚子湯の柚子も買いにいかなくっちゃ。
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by tao1007 | 2009-12-22 21:01 | 多神教の国の文化

これがほんとに最後の...。

f0108825_14571943.jpg「星に願いを」庄野潤三 講談社

庄野潤三さんの本は、「けいこちゃんのゆかた」が最後かと思っていたら、もう一冊「星に願いを」を発見し、ちょっと...いやかなり嬉しい。
思えば、一作目の「貝からと海の音」から物語には取り立てて大きな違いはなくて、もちろん事件もおこらない。しいて言えば、作家夫婦とその子どもたちは少しずつ年をとり、孫たちは成長してゆくという変化はあるが、淡々と繰り返される穏やかな日々。
最後のこれも、もちろん作風はとうぜん同じ...というか、晩年作になるほど、1冊の本のなかに何度も同じ話が登場することが多くもなって「あれっ?これってデジャブかなぁ」などと、前のページを探してみたり。もう、”究極の繰り返し小説”なのだが、なぜこうも強烈に惹かれてしまうのだろう。
気の短い私は、いつもは、やや速読気味。それが、庄野作品だけは、丁寧にかみしめるようにゆっくり読む。
それでも、けっきょくは、あっと言う間に終わってしまった。

一日の仕事が終り、あとはフロに入って寝るだけというときのハーモニカも季節ごとの童謡を奏でていたし、午前と午後一回ずつの散歩、1日1万五千歩もかかさない。
年に2回春・夏の大阪のお墓参りも同じようにとどこおりなく。
経路も宿泊先も食事も同じだ。
年に数回は、縁のある宝塚歌劇を夫婦や家族で楽しんで、その後もお決まりのJR大久保「くろがね」での食事。お酒もお料理も座る席も決まっている。
これらの予約には、葉書を出してというところに、安心感とか憧憬とかを感じてみたりする。
特別な日の阿波徳島風のまぜずし「かきまぜ」は、毎回、具材のことまで繰り返し...だから、長いファンなら、皆真似して作っているんじゃないか?などとも思う。かくゆう私は、もう何回も...。
仲間たちの話が登場するのも共通で、本作は、小沼丹氏との思い出話が沢山描かれていたのもちょっと嬉しい。彼らは「庭先で何の花が咲いたと葉書で知らせあう風雅の友であった」とあって、そんな付き合いのできる男性同士というのもいいものだなぁ...などと。  

こうして、書き出してみれば、生活のエピソードのひとつひとつは珠玉のようで、それを繰り返すことは、その玉を磨き輝かせることにも思えてくる。
もちろん実際の生活のほうには、嫌なことも起こらないはずはないだろうけれど、それは作者の手によってきれいに濾過されて、読者はそこに暗い影を感じることはない。
庄野作品は、こうして描かれて、1年に1度美しい装丁を纏って書店にならぶ。
歳をとってから習い始めた妻のピアノの上がお仏壇がわりというのもいつものことで、新刊が出れば一番にここに置かれていた。
...と、こうして読んで、庄野さんまでピアノの上の写真のひとになってしまったと気づき、ため息をつく。好きで多くの作品を楽しませていただいてきたせいか、何故だかただの読者が、すっかり残された家族の気分だ。
そして、とうとうあとがきまでやってきて、その最後に「完」とあったのにやや驚く。
他のはどうだったか...いつも、あとがきでは次の物語にふれられていたからこんな風には締めくくらなかったように思うが...と思いつつ、最後のページそっと閉じる。

そして、やっぱり、また一作目から読んでみようと決意したりするのだ。

<付録>生田の山の上の家は、作者曰く「植木溜まりのような庭」の記述が、大好きだった。
以下にそれをまとめておこうと発作的に...。ああ、なんと花々溢れる庭であることか。
庭には、多くの野鳥もやってきて、ともかく、この物語の豊かさはこうゆうところからも醸し出されている。

・浜木綿
病の床にふす母親の住む大阪に通ううち、兄・英二氏にすすめられて東京に持ち帰った。石神井でよく根付き、生田に越すときもトラックで運び庭に植えた。それもよく根付き夏には赤い花を咲かせる。
帝塚山の母と、持って帰るようにすすめてくれた兄・庄野英二の思い出の花。 
最初、英二氏が紀州の白浜の海岸に自生していたものを地主さんから譲り受け→帝塚山の生家のうらの「はたけ」に植えて広がった。→潤三氏が一株さげて東京石神井公園の家に植え→多摩丘陵の生田の丘の家へ運ぶ。家の庭でも、長女夏子さんが、日当たりの良い東南の隅へ移動。夏になれば、いっぱい蕾を出していたのが咲き出す。

・君子蘭 
今は足柄に住む長女の夏子さんが、生田の山の上の家の近くに住んでいたころに持ってきてくれたもの。最初、小さな鉢に入れたのを書斎のガラス戸のそばに置いた。日当たりが良いので肥料も与えず水だけで大きくなり、大きな鉢に移し替えたらまたよく育ち花の蕾をつけるようになった。庄野さんは、ガラス戸のそばにおかれた君子蘭を眺めて楽しんでいた。

・すみれ
「門に面した山茶花の垣根のしたの斜めになった芝の中からいくつか咲き出す。妻がひとつとってピアノの上のほとけさまの花生けに刺す。」...という表現が、ファンとしてはことのほか好きだった。

・海棠
3月、庭の山もみじのそばの海棠が咲き出す。庄野家では、「海棠が咲き出せば春本番」と言っているそうだ。

・山もみじ
4月上旬に、山もみじの枝に芽が出てくる。庄野家の庭木の中でも大きな木で、春先に芽を出す、春のお墓参りの大阪行きがおわって帰った頃には小枝の先にいっぱい広がり、空を隠すぐらい茂ってくれるそうだ。その葉が秋になると紅葉する。
40年前に生田の山の上に家を建て東京練馬の石神井公園の麦畑のそばの家から引っ越した年に、大沢(南武造園)に頼んで植えてもらった庭木の中のひとつ。「幹が硬くなってなのもしい姿の木になった。」とある。

・みやこわすれ
4月、裏の通り道の両側でみやこわすれが咲き出し、夏までずっと咲き続ける。
生田駅の向こうの植木歯科の老先生がお宅の庭にあったものを分けてもらったもの。そのとき、「みやこわすれがあると、ほとけさまの花を切らさない」と仰った。

・井伏さんの木瓜
「4月。この間から庭の東南のすみで井伏さんの木瓜が一杯咲いている。井伏さんの奥さんが都内の園芸店から送ってくれた盆栽で、しばらく玄関に鉢のままおいて眺めていたものを庭の東南の隅に植えた。それがよく根付いて枝葉をひろげ、花を咲かせてくれるようになった。」のだそうだ。

・咲分け椿
4月下旬。玄関の開き戸の手前の咲分け椿が咲き出す。紅と白と紅と白のしぼり、にぎやかに咲いている。庄野さんは、いつもの散歩のとき、咲分けの椿の横を通って開き戸を開けて外へ出る。「よく咲いた咲分け椿に見送られて家を出てゆく。そのときが気分がいい。」とある。

・鈴蘭
4月下旬。玄関の椎の木の根元の鈴蘭が咲き出す。
この鈴蘭は、庄野さんの長男が中学に入学したとき入学式の帰りに奥さんが花やで鉢植えのを買ったのがはじまり。帰宅して、うらの通り道(いまみやこわすれがあるところ)に植えたがうまくつかなかった。その後、今の場所に移したらよく根付いて広がった。

・梅の実
庭の梅が、4月に小さな実をつけ、梅雨のころに大きくなったのをとる。梅の実とりは、庄野さんの担当だったが、年をとってからは、足柄の長女がとるようになった。奥さんがつけた梅を笊にならべて土用干しするのは庄野さんの役目。ただし三日三晩を三日(昼間のみ)割愛するのが庄野流。
この梅ノ木は老木で、40年前に生田の山の家を建てて引っ越してきたときに大沢(南武造園)に頼んで植えてもらった一本。そのとき50年になるといっていた。

・藤の花
「藤棚の藤の花が咲き出した。藤棚から垂れ下がった花の房が咲き出す。しばらく藤の花見が楽しめる」とあつ。いつもは五月に入ってから咲くらしいが、この年は4月と少し早かった。

・さつき
4月下旬、「庭のさつきが花を咲かせた。藤棚の藤の花もよく咲いている」

・バラ
5月。「妻は庭の奥の、おとなりとの境に咲いた「英二伯父ちゃんのばら」の咲いたのをひとつ切ってきて、仕事机の花生けにさしてくれる。紅いばら。」
生田に家を建てて引っ越したお祝いに庄野英二さんが、枚方のばら園から送ってくれたばらの苗木のひとつ。手紙で詳しく指示してくれたとおりの深さの穴を庭の回りに掘り、うらの雑木林の中から掘ってきた山の土に駅前の米屋さんで買った魚粉をまぜたものを穴の深さの半分までいれた上に植えつけた。ところが、風除けに受けた木が大きくなって日当たりが悪くなり消えてしまう。
何年かたって、ひょろひょろのばらが、おとなりとの境にひとつ出てくるのを見つけ、まわりの木の枝を払い日当たりと風通しを良くしたら元気になった。→「ブッシュ」
その後、表の道路に面したつつじのかげからもおはしのように細いばらがでているのを見つけそれも生き返った。→「つるばら」
庭の東南の隅に植えた「ブルームーン」。ここは大きな木がなくて日当たりがいいのでいちばん元気。
「メヌエット」→庭の中ほど、「ウバメガシ」のそばにある。生田に越して、向丘遊園の花やで買って植えて良く根付いたばら。

・庭の山の木
越してきた頃、まだちいさかった長男が裏の山に生えていたのを掘ってきて、山紅葉のそばに植えたもの。名前が分からないのでこう呼ぶ。あまり大きくならない木で、山紅葉のいちばんしたの枝あたりでそこから伸びない。秋になると葉が黄葉して上の山もみじの紅葉を引き立てる。

・すみだの花火
5月。「「蕾が14出ています」と妻が庭からもどり知らせる。三日ほどまえは「八つ蕾が出ている」といった。目覚しい勢いで蕾の数が増える。」
足柄の長女夏子さんが、持ってきて庭の東南の隅に植えてくれたのが根付いて大きくなったもの。夏子さんのご近所さんの庭にあったものを株分けしてくれたのを庭に植えて、それが育って、また株分けしてくれた。夏になると次々と白い花を咲かせてくれる。「ブルームーン」の隣で花をさかせている。

・モッコクやウバメガシ
居間の向かい側にある。

・てっせん
6月、玄関のてっせんがふたつ蕾を出す。むらさきの花。「これはどうしてここに植えたのか覚えていない。それまで私は「鉄線」と言う花があることを知らなかった。名前はいかめしいが、つるの先によくひらいた花をつける。」とある。

・侘助(椿の一種)の手前にムラサキシキブがある。
・くちなし
6月、梅の下のくちなしの花が咲き出す。
「私は庭の様子をみにゆくとき、庭の東南のすみへ来ると、先ず浜木綿の葉のひろがりを見て、次に前の道に面した石垣のそばに近づいて、「すみだの花火」の蕾を眺めるのである。浜木綿の葉の広がり具合を見て、「よし、よし」と頷く。それから、大谷石の石垣のすぐそばにでるので足元に木をつけながら、「すみだの花火」に近づく。この崖から下の道路に頭から落ちたら「一巻の終わりだな」と思いながら近づくのである。」とある。

・クロッカス
「我が家のクロッカスは、水色の花を咲かせるのと黄色の花を咲かせるのと二通りある。私はクロッカスの黄が咲き出すと「春はそこまで来た」と思うことにしている。」
クロッカスは、山紅葉のそばの煉瓦でかこったところに埋めた球根から一番に顔をだしたのが目立つ。
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by tao1007 | 2009-12-21 14:50 | 読書する

やっとご対面!

近頃、やっと晴れ続き...ですが、富士山のあたりは、何故かいつも意地悪な雲。
がしかし、今日はまぎれもなく一点の曇りも無くて...。

やっと逢えましたっ!富士見坂の富士山。
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いゃーよかったよかった。

...とここまでクリアな富士山を見れば、今度は是非とも早朝の富士山も拝みたく。
と、つい欲がでます(笑)。
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by tao1007 | 2009-12-20 20:23 | つらつらと

下町の現代美術館

コムデギャルソンの展示が秀逸...との話も聞いて気になっていた。そこへ、ギャルソンのみならず、トリコのラインまで展示してるよとの話まで聞き、こりゃ落ち着いていられないぞと、さっそく清澄白河の現代美術館へ行く。
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「ラグジュアリーファッションの欲望」と題されたそれは、16世紀あたりからの宮廷服の展示から始まり、19世紀のオートクチュール、そして現代服として、素材にあらゆる実験的要素を取り入れた「ひとつだけの服」・メゾン・マルタン・マンジェラ、そして「冒険する精神」と題されたコムデギャルソンの展示で終わる。
展示自体は奇をてらわず、というより、まるでどこかのアパレルのプロ仕入れ用展示会といった風でそっけない。
しかし、だからこそ、服自体の凄さが際立ってともかく時間も体力もそうとう費やすはめに...。
一瞬迷ったけれど「レベッカ・ホルン展」との共通券をかわずにほんとによかった。

とはいえ、他の服がどんなに凄くても、やっぱり、コムデギャルソンの独自性たるや。もうこれは服というより...「いつも新しくあるにはどうすればよいか」を追求し続ける哲学のようですね。
だというのに、実は着てみれば、誰をもそれなりに洒落た感じに仕上げてしまう服。
ちょっとこれは過激では...というデザインですらそうゆう要素を少なからず持っているし(買わないけどね、でもずいぶん試着してみた)、それがビジネスとして成り立っているというのも考えてみれば凄いことです。

20代の初めから(当時は相当無理して)、長くこの服を身につけつづけてきたことに、しばし誇りを感じつつ、そうとうへとへとになりながら、美術館を後にしたのでありました。
ほんとは、リニューアルした地下レストランとか、美術館がある清澄白河回遊とか...いろいろ他にもお楽しみのはずだったのですが...。
それらは、「レベッカ・ホルン展」に行きがてら来年のお楽しみです。
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by tao1007 | 2009-12-19 19:32 | つらつらと


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