「オリンピックの身代金」奥田英朗 角川書店
1964年開催の東京オリンピックを人質代わりに国から身代金を取ろうとした2人組みがいた...という荒唐無稽な話。
本は、分厚く、開いてみれば1ページ2段組、かつ、活字も小さい。相当長そうな物語にややひるみながらも、1ページ目、そのまま2ページ、3ページ...とぐいぐい読み進む。ハッと気づけば、太陽は西の空に消えていて部屋は暗く、物語に没頭しつつ1日が潰れた。それでも、物語はまだまだ前哨戦で、ともかく続きが気になる。
この物語には、そうゆうエンターティンメント小説としての面白さがまずあって読者を惹きつけ飽きさせない。そして、さらに、華やかなオリンピックの裏の部分...出稼ぎ日雇い労働者たちが受けた差別と貧困とか、警備する警察官僚内部の派閥争いという大人の喧嘩という無駄、そして、オリンピックそのものに日本人が抱いた期待の大きさとか...日本がのし上がってゆこうとした昭和の、影と混乱の部分をきっちり描がかれていて、社会派小説として読んでも興味深い。
さらに、犯人が、東大生と列車内でのスリを生業とする中年男という組み合わせの意外性とか、それを追う刑事たちのキャラクターも細かく描かれていて、感情移入のしどころもココかしこに...。
ともかく、面白さが何重にも堆積している感じなのだ。
さて、物語は、オリンピックまであと数ヶ月にせまった東京の各所で爆弾テロが置きる...という事件で始まって、捜査員の数は日々増強されても犯人は捕まらず、関わる捜査員数は日々記録を塗り替えてゆく。オリンピック開会式当日には、そのテロ犯ひとりを銃で捕らえるまでの大捕り物帖にもなるが、事件は、始終一貫して警察のチカラにより隠蔽されマスコミ報道にはとりあげられなかった...というエンディング。
あれだけ、緻密に人物像を描がいた犯人は、銃で撃たれ瀕死の状態で病院に運ばれるがその生死には触れられない。そして、東京オリンピックは、歴史的事実にあるように何事も無くスタートする。
フィクションは、いきなり、近過去の歴史というノンフェクションに繋がって終えられたものだから、影響されやすい読者としては、「もしかして、報道されなかったから知らないだけで、ほんとにこんな事件があったのかも!?」という読後感になる。
いや、まさか。
いやいや、ありえるかも...。と、ココロの中で押し問答。
読後を過ぎても、しばし、そう思わせてしまうのも、この物語のさらなる魅力。